ドイツ パッシブハウス視察
先週、専務がドイツのパッシブハウスを視察して来ました。
『パッシブハウス』とは、超高性能な省エネルギー住宅です。
(簡単に言うと)
パッシブハウスが最も普及しているのがドイツです。
それでは、専務の『ドイツ、パッシブハウス視察』の様子を
写真と共にご覧ください。
世界基準の家=ドイツ パッシブハウス視察
昨年3月11日以後世界のエネルギーに関する考え方が大きく
変わってきた。
電気に関する事、自動車に関する事、そして住宅に対する事。
自分たちが関わる住宅業界もゼロ・エミッションと言う旗印のもと
『次世代省エネ住宅』・『スマートハウス』・『ゼロエネ住宅』など
言葉が違えど、これに対応できる知識と技術が必要になってくる。
以前、北海道洞爺湖サミットの時「環境総合展2008」に社員全員で視察に行ったが、その時はマスコミで報道される、白クマが小さな氷に乗って北極の氷が少なくなっているという内容にいささか?であったが、昨年の3月11日以降本当にエネルギーを見直さなければならないのは地球全体の大きな課題になる。
そこで、自分が携わる建築業界において、どう行動して行かなければならないのか?建築専門誌、メーカーからの情報もあるが、
やはり自分で直ちに 『見て ・ 聞いて ・ 触れて』 初めて
行動できると考えているので、やはり先進地ドイツ連邦共和国に勉強に
行くことに決めた。
<出発>
自分としては羽田も国際線利用が可能とはいえ、過去の成田紛争を経て今日に至る成田空港の事を考えると、どうしても成田発着便にこだわりがある。
第1ターミナル発の航空会社の時は必ず寄る「すし京辰」。
空港ビルのレストランで食事をせず早めに出国審査を済まし「すし京辰」へ向かう。
出発ゲートの近くなので搭乗時間ギリギリまで寿司1貫から割安に食べれるのでここは、 おすすめ!!
もし、このあと旅先でアクシデントがあっても思い残す事がないように日本ビールと寿司は欠かせない。
<機材>
今回の利用機材 成田~フランクフルト ルフトハンザLH711便
なんと初めて乗るエアバスA380-800
(※業界用語では「機種」とは表現せず「機材」と表現します。)
こんな巨大な物体が、なんで10,000mの高さまで上がって14,000kmも飛んで行くのか、感心します。
※A380-800(客席総2F 3クラス525名 モノクラス853名)
<サッシメーカー>
まずは、熱の影響を一番受ける開口部、そのサッシメーカーへ
ヨーロッパ、EUで3本の指に入るサッシメーカー 『アルプラスト』
普段は、左からドイツの国旗、中央の高いポールにアルプラスト社の旗、右にEUの旗(?)が掲げてあります。
ですが、この日は・・・・見て下さい中央に日の丸が・・・
歓迎の意味を込めて中央のポールに日の丸を掲げて出迎えてくれた。
・・・・感激!!・・・・(見習わなければならない)
<アウトバーン>
ドイツと言えばアウトバーン(ドイツの高速自動車専用道路)
速度無制限、ただしバスは100km/m。
普通乗用車は無料、貨物用等は有料、ただし料金所なし、
GPSにより課金される。(さすが、ドイツ)
アウトバーンは一般道からいきなり入る。
従って、境目がわからないが標識が青色になったら、
そこはアウトバーン。
写真はアウトバーン沿いのソーラー発電所
(車窓からの撮影のためピンボケですみません)
<パッシブハウスとは>
ダルムシタットにあるパッシブハウス研究所にて技術的な内容を勉強。
要するに、物理学と環境工学をもとに建物の断熱、気密を確保し
開口部の性能をあげ室内空気の管理をし、最低限のエネルギーで
年間通して快適に過ごせる室内環境を実現し、エネルギーゼロに
近づけていく考え方。
パッシブハウス研究所は民間の機関として発足したがこの基準がドイツ基準、はたまたEU基準になってきている。
寒冷地では、15,000件以上の実績ができ実証されている。
今度は、ヨーロッパの温暖な南地域(地中海沿岸)について
研究を進めているという。
今回、親切にもパッシブハウスで建てた自宅を見せてくれた。
壁厚は、内外合わせて40cm以上。
(たばこの箱の大きさと比較してみて下さい)
日本で内断熱が良いか、外断熱が良いかの低レベルの話でない。
実際のパッシブハウスで建てられた共同住宅。
屋根は陽射しの熱を避けるため緑化されている。
<工事現場>
工事中の地下室 床スラブ下の断熱材の厚さに注目。
(※地盤の土質は日本に似ている)
地下室のコンクリートはあらかじめパネル化したものを
現場でパタパタと建て上げたもの。
たばこの箱より壁の厚さを想像してください。
更に外にも断熱壁があります。
内部は、塗り壁なのでコーナーは金属で補強。(・・・ドイツらしい)
<ちょっと一息・・・ポルシェ>
到着するなり、びっくり仰天!!
なんだ、この物体は!!・・・写真では伝えられないこの圧倒感。
内部は、白一色であるが、階数を感じない。
まさにシンプルな白の芸術!!
<シュトゥットガルト 近代建築の夜明け>
そう、コルビュジエです。
(※ル・コルビュジエ:1887年~1965年 フランク・ロイド・ライトおよび
ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三代巨匠」と位置づけられる。)
1927年、今から85年前日本が大正から昭和になったばかりの頃、
ドイツでそれまでの都市部で密集した悪環境の住宅事情を改善すべく
バウハウスに関わる新進の建築家が集まり新しいモダニズムに基づく
住宅を競ってプレゼンテーションし、モデル住宅として発表した。
(※バウハウスとは1919年、ドイツ・ヴァイマルに設立された美術と建築に関する総合的な教育を行った学校。モダニズム建築に大きな影響を与えた。)
コルビュジエがモダニズム住宅として提唱したひとつ、空中庭園。
ミース・ファン・デル・ローエの共同住宅
ただの公営住宅に見えるが、これが後の日本の公営住宅の基本となる。
1階のピロティで開放された部分、水平に広がる窓。
(※それまでのヨーロッパ建築では構造上縦長窓が基本)
上部屋上庭園は、コルビュジエが提唱したモダン建築の必要条件、
後の1931年に竣工するパリ郊外の
かの有名な『サヴォア邸』の原型とも言える住宅。
元々、レンガ、石、木造のハーフティンバーが基本の建築様式(写真上)がいきなり(写真下)になってしまったから市民はもうびっくり。
「こんなビンボーくさい家には住めるか、こんな事に市はなんでお金をかけるんだ・・・」と猛反発。
しかし、このモダニズム建築バウハウス様式が世界のデザインスタイルの主流になって今に至るのです。
※残念ながらバウハウスの創設者グロピウス、桂離宮を日本美のモダニズムと発見させて世界に広めてくれたブルーノタウトの作品は、悲しい事にナチスによって焼失してここには残っていなかった。
・・・・まさに残念・・・涙・涙・涙。
<ちょっと一息 メルセデス>
ワールドカップドイツ大会の会場でありブンデスリーガ シュツットガルトの
ホームスタジアムでもあるメルセデセスベンツアリーナ
ここは岡崎とアルビレックス新潟から期限付移籍した
酒井高徳がいます。
今回は、残念ながらアウェイの19日のハノーバー戦で留守であった。
これがまたすごい建築物!!
これが、世界のメルセデスベンツミュージアム
内部はコンクリート打放しで外側と内部がエキスパンション構造で
ちょうど卵の白身と黄身に分かれているような構造。
小樽の石原裕次郎記念館にもあったな~、たぶんシートは赤くなかった?!
左はダイアナ妃が実際乗っていた物、右は前ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が利用したイタリア語で”パパモビル”と呼ばれる車。
内部はらせん状になっていて上階から次第に下階へ降りて行く型でニューヨークのフランク・ロイド・ライト設計のグッゲンハイム美術館と同じ動線的考えのミュージアムである。
グッゲンハイムは「かたつむりの殻」、ここは「クローバーの葉」だそうです。
しかしながらコンクリートの重く固いマテリアル感が、こんなに柔らかく滑らかな感じに仕上がっている初めて見ました。・・・すごい!!
<フェルバッハ住宅展示場>
シュツットガルト郊外のの地元ビルダー、約60棟のモデルハウスが建ち地元ビルダーが参加している。
いろいろなモデルハウス
木造の壁断面図、やはり厚い。
内側、外側と両方で断熱層をつくっている。 日本の議論はもはや時代遅れ?
地下壁断面、サングラスの幅と比較すると顔幅の2倍以上の断熱材の厚さです。
<中世にも触れる>
ハイデルベルク城
13世紀初めから造られ、ゴシック、ルネッサンス、バロックの様式が混在する城。
ハイデベスクの街並み
前から来る女性は学生で女子会なのか、ベロベロに酔っぱらっていました。
あまりの迫力にピンボケ
<さらばドイツ>
帰りの空港までのバスの中アウトバーン沿いに原発が見えてきました。
3.11以降、真っ先に脱原発を宣言したドイツ、今回ドイツに来たのは3.11があったからなのか、改めてバスの中で考えてみた。
ドイツは日本と同じ第二次世界大戦での敗戦国であり、日本の同盟国でもあった。
戦後日本と同じように連合国側にロケット技術、航空技術を抑え込まれた同じ運命をたどった国である。
しかし、両国共自動車産業をはじめ世界のトップとなった。
ドイツにおいては、1919年ワイマールにバウハウスが設立、建築と美術に関する合理主義、機能主義がその後の世界の先進国スタンダードになった事を考えると今回のパッシブハウスの基準が住宅だけではない建築の世界的スタンダードになるような感じがする。
今回の旅は「中世建築」・「近代建築の夜明け」・「現代から未来に向けての建築」と3段式の内容の濃い旅になった。
そう考えているうちにフランクフルトの空港に到着。
建物が大きすぎてカメラに納まらない。
今回、内容てんこもりでここに記せない内容も沢山あり頭の中のハードディスクがパンクしそうだが、また日々の中で少しづづ引出しから出すように次の仕事に生かしていこうと思うと早く仕事がしたくなってきた。
<無事帰国>
帰国するなり、成田で早速MrマッキーからTELが、スカイライナーで帰るので上野で待ち合わせ、アメ横の磯丸水産で真っ先に冷奴、まぐろを注文しカンパイしました。
久々の日本食・・・”感動”です。
専務の原稿を編集することによって私自身も大変勉強になりました。
海外旅行と言うとお決まりの観光コースを見て買い物(お土産)をして帰ってくるのがほとんどだと思いますが、観光だけでなく、その国の世界における産業等の先進状況など、それに至るまでの歴史などを知ることが、今後の日本や自分自身がどう変わる(生きる)べきかを考えさせられるような気がします。(言う事が、ちょっと大きすぎたかな!?)
後日、社内での勉強会でドイツ研修の話をしてもらいますが、更なる発見・感動を期待しています。
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